第53回史跡めぐり 報告
日時 平成26年4月19日(土)10時~15時
コース JR北鎌倉駅 → 円覚寺馬道 → 浄智寺 (昼食) → 長寿寺 → 亀ヶ谷坂入り口 → 円応寺
当会副会長内海恒雄講師の案内・解説により46名の参加者を得て、
第53回の史跡めぐりが行われました。
(内海講師の解説)
駅前交番脇からの路地に入り、円覚寺の創建当時は馬道(めどう)であったことや
今もその跡を残す土塁の配置や役割、鶴岡八幡宮の神が白鷺に身を変えて当地を
案内したという故事などの解説がありました。
浄智寺では、甘露の井の説明や総門に掲げられた「宝所在近」の意味、
開山開基が複雑になった経緯などを聞きました。
(浄智寺)
開山に名を連ねる兀庵普寧(ごったんふねい)が頻繁に周囲との軋轢を起こしたことから、
「ゴタゴタ」の言葉ができたという愉快な話もありました。その後、境内を一巡し、
本尊の三世仏坐像が安置された「曇華殿(どんげでん)」前で集合写真を撮りました。
昼食は、田村さんの手配により、知人が浄智寺奥で経営する「たからの庭」を借用。
いつもの御代川弁当を味わいました。
(たからの庭)
その後、長寿寺へ。初代鎌倉公方足利基氏が、父尊氏の菩提を弔うため建立した寺です。
足利将軍家の代々の墓は京都の等持院にありますが、長寿寺の墓には尊氏の遺髪が
まつられていると伝わるそうです。
(長寿寺)
手入れの行き届いた庭は、室内に上がって見ることができました。境内ではシャガが
白い花を咲かせていました。
観音堂は、奈良円成寺からの移築。内部は、正面に聖観音がまつられ、
見事な細工の格天井には天女が描かれ、散華が舞っていました。
内海講師からは、参加者を数人づつに分け、何度も丁寧な解説をいただきました。
長寿寺を出た横の坂道は鎌倉七口の一つ「亀ヶ谷坂」。建長寺の大亀が、
この坂を上ろうとしたが、あまりの急坂のため引き返したという伝説があります。
(亀ケ谷坂切通) (第六天社前)
ここから第六尊天の下を経由して円応寺へ。
(円応寺)
本堂には、死後に冥界で出会う十王と呼ばれる裁判官がまつられています。
初七日の秦公王から三回忌の五道転輪王まで、一体ごとの解説を聞き、
法事の持つ意味を理解しました。笑い閻魔の伝説も面白いものでした。
15時円応寺で解散しました。 (小林敏二記)